それは彼女の最愛の人が火葬された日のことだった。

薄暗い室内でテーブルを挟んで紅茶をすする。彼女は目の前にいる僕なんか眼中にないようで、窓の向こう、遠くの空にのぼっている黒煙をじっと見つめていた。最愛の人の死体が、今、燃やされているのだ。「行けばよかったのに」僕がそういうと、彼女は独り言のように呟いた。


「だって、行ったところで彼は戻ってこないじゃない。それに、私かれを目の前にしたら自分が何を言うか保障できないわ」

「ふーん…」僕は素っ気無く返事をする。彼女は「私は水葬がいいの」と言って紅茶を一口のんだ。「すいそう?」僕が不思議そうに尋ねると、彼女はふふっと笑って口を開いた。


「そう。水葬。遺体を水に沈めて葬るの」

「ふーん…」

「火葬や土葬や風葬よりも、私は水葬がいいわ」

「それじゃあ水死すればいいじゃない」


すると彼女は「だめよ」と言って静かに溜息を吐いた。彼女の視線は、さっきからずっと立ちのぼる黒煙に向けられたままである。「どうして?」僕がそう尋ねると彼女はなんてことないように「だって水死は苦しいじゃない」と言った。


「そう」

「そうよ。私は一瞬で楽に死にたい。 そしたら水に沈めてね」


「僕が?」少しだけ驚いて答えると「そう。あなたが私を沈めてよ」彼女はそう言って、紅茶を全部飲み干した。「でも、どうしてそんなことを言うの?」僕がそう聞くと、彼女は初めて僕の方をむいて、


「え?明日死ぬ予定があるからよ」


と答えた。

(僕が本当?と聞くと彼女は笑って答えなかった)



(終わり!)(突発的ネタ!)










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