唐突だけど話をしよう。というか、話させてくれ。頼むから。この胸の内にできたでっかいしこりみたいな感情を吐き出さないと俺はいまにも狂ってしまいそうなんだよ。

俺の親しい友人、とどのつまり親友という奴が、人を 刺した らしい。

なにで? シャーペンで。
どこを? クビを。
どうやって? ぐさっと一突き。

って感じらしいが、俺はその場にいなかったのでよくわからない。ついでに言うとこの話も人づてに聞いた話だから本当なのかホラ話なのか判断できずに、いる。「なぁ」俺が控えめに声をかけると、目の前に座る親友は下に向けていた顔をそのままに、目だけを俺にむけた。正直、怖いと思った。ガラ、悪ぃ。しかし次の瞬間親友は顔をあげ、俺に向かって軽く手をあげて笑った。「よう。酷い顔してるぜ、親友」それがいつもどおりの笑顔でいつもどおりの声のトーンでいつもどおりの手の上げ方だったから、俺は胸に渦巻いていた不安という感情がぶわっと消え去るのを感じた。代わりに安心という感情がどどっと流れ込んできたのを感じて、ふぅ、と大きく息を吐いた。「この顔は生まれつきだ、親友。それにしてもお前の酷い噂を耳にしたぜ」お前明日ひま?、ひまだけどどっか遊び行くか?みたいな軽いノリで話は進む。

「どんな噂だよ?まぁ大体予想はつくけどな」
「予想は?」
「俺が人を刺した。シャーペンで、クビを一突き」
「大正解」

親友は笑って、俺も笑った。不思議な感覚だった。
いつもと同じなのに、どこか違うような。鏡の中に入りこんでしまったような。そんな違和感があった。

「なにか俺にききたいことはあるか?親友」
「本当なのか?」
「なにが」
「全部」
「ああ、本当だ」

目の前にはいつもどおりの下らない話をしているような親友がいた。俺の身体から安心がぶわっと抜けるような感じがした。代わりに不安が再度住み込んで、急ピッチで領土拡大を試みているようだった。

「っていうか、誰を刺したんだよ?」
「知らない人」
「なんで」
「そこに人がいたから?」
「真面目に答えろよ」
「俺はいつでも真面目だぜ親友。忘れちまったのか?」

俺が黙り込むと親友は溜息を吐いて黙り込んだ。やがて親友が喋りだす。「俺だってよくわからないんだよ。どうして刺したいと思ったのか、わからないんだ」「刺したいと思ったのか?」「ああ思った」「そーか」俺の声が、部屋に充満している乾いた空気の中に途方に暮れたように漂った。

「刺したときなにを考えた?」
「気持ちいい、って、思った。次には、お前のことを考えたよ」
「俺のこと?」
「ああ。刺してみたいと、思ったんだよ、親友」
「俺を?」
「ああ」

悪いな、と親友は謝ったけれど全然悪びれていないようだった。俺を見る親友の目はキラキラと輝いている。黒い綺麗な瞳に、無表情の俺が移っていた。

「いまは何を考えてる?」
「お前のこと」
「刺したい、ってか?」
「大正解」

そこで親友はなにかを我慢するように、というか、この場合俺を刺したいという感情とか衝動とかそういう類のものを我慢するように両の拳をぎゅっと固めた。その拳はまるで、これから俺に振り下ろされるために固められたようにも思えた。

「なぁ親友。俺はな、どうして自分がこんな風になってしまったのかわからないんだよ。どうして刺したいと思うのか、思ってしまうのか、わからないんだ。一昨日までは普通だったのに、だ。俺はどっか狂っちまったのかなぁ、親友」
「そんなの俺にはわからない」
「そりゃそうだ」
「でも、俺には、お前が狂っているようには見えない。正確にいうと、お前が狂っているなんて、思いたくないんだよ親友」
「素直だな。それに冷静だ」
「それがウリなもんで」
「初めて知った」
「初めて言ったからな」

親友から目を離して息を吐く。手汗をズボンで拭いていると、突然親友が大きな声でいった。大きな声といっても大声と表現するほどではなく、さっきよりも少し大きめな声、と言ったほうがしっくりくる。

「さぁはやく帰ってくれ親友。これ以上お前と話していると刺したくて刺したくてそのうち刺してしまいそうなんだ。親友、おまえのことだよ。たった一人の、最高な、俺の親友。そんなやつを刺してしまいたいと思ってしまうなんて!さぁはやく帰ってくれ!帰れ!」

不安のなかに、恐怖がまじって、俺の額から汗が零れ落ちた。おいおいおいなにびびってんですか俺。相手は親友だぜ?ガキの頃から二人で走ったり騒いだりずっと二人で仲良くしてきた相手だぜ?そんなやつ相手にびびってんのか?おいおいおいまじですか俺。足に力がはいらなくて椅子から立てないとかかっこ悪すぎですよ俺。俺はそんなやつだったのか!違うだろ俺!いまこそ俺の真の実力を見せてやろうぜ!「俺だって、おまえはたった一人の最高な親友だよ。これからもずっと」とか言ってさっさと帰ろうぜ俺!と俺は思った。そして思ったとおりの行動をとって親友のいる部屋から外にでた。



美しき日は終わり



(終わり!)2008/08/03





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