「お待たせいたしました。レアチーズケーキ・フランボワーズソースのお客様、」
「はーい。ぼくです。で、そっちのわらびもちがお姉さんの方」

ウェイトレスの子が倉峰と男の子の目の前に暖かそうな紅茶を置き、倉峰の前に座る男の子がご機嫌そうにウェイトレスの子から美味しそうなチーズケーキを受け取った。
倉峰の前にはわらびもちが置かれ、ウェイトレスの子は去っていった。

「チーズケーキとわらびもちが一緒に置いてあるなんて、面白い喫茶店」

男の子が誰にでもなく呟き、チーズケーキを口に運んだ。美味しかったのか少し微笑み、もう一口チーズケーキを口に運ぶ。
倉峰は何故自分がわらびもちを前にしているのかわからなかった。
横断歩道でぶつかった男の子に、「ちょうど小腹が減ってたんだよね。お姉さんちょっと付き合ってくれない?」といわれ気付いたらこの二十四時間営業の便利な駅前の喫茶店に連れ込まれていたわけである。
も、もしかしてナンパ?
倉峰が戸惑っていると「あ、お姉さん。飲み物紅茶でよかった?」と声をかけられた。

「え?」
「飲み物。わらびもちに紅茶って、なんかヘンじゃない?」
「ああ…」
「まぁお姉さんが聞いても何も答えないから、ぼくが勝手に決めちゃったんだけどね」

男の子はそういって美味しそうに紅茶を啜った。どうやらあまりいい性格じゃないらしい。
せめて烏龍茶とか、緑茶を頼んでくれてもよかったのに。
しかし今更オーダーを変更する気なんて倉峰にはなく、仕方なく、小さく息をはいて紅茶に口をつけた。
黒蜜と紅茶は、実は倉峰が思っていたよりもいい相性だったらしい。

「で?」

倉峰が黒蜜と紅茶のハーモニーに驚かされていると、男の子が口を開いた。

「え?」
「なんかお姉さんさっきから「え?」しかいってないね」
「そ、そうかなぁ」
「そうだよ。でさ、どうしてお姉さんはそんなヘンな顔をしてるの?なに?特殊メイク?」

男の子に指摘されて倉峰は思い出した。
そうだ、化粧。涙で落ちてきっと化け物みたいな顔をしているに違いない。
倉峰は反射的に立ち上がると、先ほど街路樹にぶつけてよれよれになった鞄を手に化粧室へ駆け込んだ。
化粧室には誰もいなくて、ドアが閉まると流れていた音楽が遮断されて無音な空間が広がった。
鞄の中から化粧ポーチを取り出し、ポーチに手を突っ込むと かちゃかちゃ、という化粧品がぶつかりあう音がした。
それにしても、あの男の子は何者だろう?
高校生?大学生?
ジーパンに灰色の長袖シャツ、こげ茶色のカーディガンを羽織った格好からは、高校生とも大学生ともとれた。さらに栗色の髪に白い肌、中性的で、若干幼げな顔つきはしかし大人っぽくも見えた。
というか、あの格好で寒くなかったのだろうか。

「ああ、そっか。だからマフラーしてたのか」

倉峰は男の子がしていた青いマフラーを思い出し、それから化粧ポーチを鞄に仕舞って化粧室を後にした。
席に戻ると、男の子は倉峰が戻ってきたのも気にもせず、黙々とチーズケーキを食べていた。
倉峰はわらびもちに口付け、それからじっと男の子をみつめた。

「なに?」

男の子は倉峰に目を向けずに、相変わらず視線をチーズケーキに向けたまま答えた。

「え、あ、いや…」
「ふーん」

会話はそれで終わりだった。
それから沈黙が続き、倉峰はわらびもちを、男の子はチーズケーキを食べた。
倉峰がわらびもちに黒蜜と黄な粉をいかに多く擦り付けようかと梃子摺っていると、目の前でかちゃりという音がして、それから「お姉さん、名前は?」と男の子の声がした。先ほどまでチーズケーキが乗っていた皿は、少しだけのフランボワーズソースを残して何もなくなっていた。

「え?」
「名前。教えてよ」
「…倉峰、」
「クラミネさん? で、お姉さんはどうしてあんな特殊メイクをして横断歩道に突っ込んできたの?」

男の子は自分から名前を聞いたくせに、倉峰のことをお姉さん、と呼んだ。そんなこと別にどうでもいいのだけれど。
それよりも、倉峰は先ほどの奇行のわけを聞かれ、折角忘れていた忌々しい記憶を思い出して気分が重くなるのを感じた。

「ちょっと…会社で嫌なことがあったの」
「いやなこと?」
「そう…。もうわたし会社にいけない」
「へぇ?いじめられたの?」
「…秘密がね、ばれちゃったの」
「誰に?」
「社員全員に。メールで、ばらまかれたの」
「秘密を?」
「そう」
「不倫とか?」
「…そう」
「へぇ?」

男の子は適当に相槌をうって、それから「そりゃ災難だったねぇ、お姉さん」とまるで人事のように呟いた。いや、実際そうなのだから仕方ないのだけれど。

「楽しかった?」
「え?」
「不倫。上司でしょ?なんでまた」
「なんでだろうね…」
「好きだったんじゃないの?」
「好きじゃなかったんだと思うよ。上司だったから」
「上司だったから?」
「媚売っとけば、なにか利益があるかと思って」
「へぇ」
「でも、もう、全部ムダになっちゃった」
「なんで?」
「だって、会社全員にバレちゃった。もうクビ決定だなぁ」
「もしクビじゃなかったら?」
「もしクビじゃなくても、もう会社にはいきたくないなぁ」
「そうなの?」
「そうなの」
「じゃあ行かなければいいね。人間、やりたくないことはやらなくたって生きていけるんだよ。ぼくみたいにね」
「……」
「まぁぼくなら、最後くらい会社にいって、いろんなものめちゃくちゃにしてから辞めるけどね」
「…すごいね」
「ぼくが?」

男の子は驚いたようにいって、それから「ぼくの友達はぼくのことを怒ってばかりいるんだよ」と笑った。
そのあと男の子は喫茶店にある時計に目をとめて、「あ、もうぼくいくね。それじゃあお元気で。お姉さん」と席を立った。

「え、お金は…?」
「お姉さんがぼくに突っ込んできたんだから当然お姉さんもちでしょ?よろしくね、お姉さん」

倉峰は ひらひらと手をふって喫茶店を出て行く男の子を呆気にとられながら見つめて、そういえば名前 きいてなかったなぁ、とふと思った。



午前三時のティータイム
(「おっせーよ きせき、十分遅刻。朝飯おごれよ」「うわぁ。そうやって人になんでも求めるのって、どうかと思うよ」)



その数日後、ニュースにて 某大手会社の女性による連続惨殺事件が大々的に取り上げられたとかそうじゃなかったとか。
(「うわー。世の中物騒になったよな」「そうだねぇ…。惨殺なんてそんな酷い」)


(終わり!)(はいごめんなさいぐだぐだです。)2008/01/28








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