いつもの通学路。朝なのに、通勤ラッシュとは無縁のガラガラの電車で揺られていると、少し離れたところに制服姿の女の子がいるのに気が付いた。彼女は椅子に座って、無表情に窓から外の景色を眺めている。(ように見えた。実際はわからないけれど) 俺は空席にもかかわらずドアのところに突っ立っていた。なんだかよく分からないけれど、俺にはそういう癖がついているみたいだった。 広い車内には俺と彼女の二人しかいなかった。

こっそりと横目で彼女を見た。高校二年生に進級してから、毎朝通学電車がかぶるのだ。前はよく、広い車両の中に俺と彼女二人きり、なんていう時があったのだが、なんとも居心地の悪い空気だった。(彼女は気にしてなさそうだったけれど) しかし最近は、二人きりの車両が居心地よく感じるようになった。全く不思議なものだ。話したことはないけれど、毎日顔を合わせる。(ちなみに目は一度しか合ったことがない) そうしているうちに、どうやら俺は彼女のことが気になっているみたいだった。最近の目標は、彼女と友達になることである。いや、彼女でも構わない。でもさすがにそれは急過ぎるので、やっぱりここは友達からだろう。

そんなことを考えながら、俺は彼女を見つめていた。横目で見ることなんてとっくに忘れていた。もうこうなったら、きっかけは何だっていい。「なんでじっと見てくるんですか」なんて言う文句が初めての会話だって構わない。兎も角、俺は彼女と早く話したかった。早く友達になりたかった。

あとちょっとで彼女が降りる駅に着く。あぁ、今日も無理か。 と、俺はいつものように諦めた。 まぁ、いいさ。また次の日がある。 しかし、この日は普段とは違っていた。


「よぉ」


突然肩を叩かれた。驚いて振り向くと、クラスメイトの男友達が立っていた。普段はもっと遅い電車に乗っているはずだ。「はよ。どうして今日は早いの?」俺がそう聞くと、「今日は用あんだよ。 たっく、面倒くせーよな」という返事が返ってきた。

折角彼女と二人きりだったのに…。と、理不尽に苛ついた。けれど、良く考えてみれば彼女はもう直ぐ降りてしまうのだから、このタイミングなら邪魔には入らないだろう、と一人納得していると「お前、見つめてただろ」と声をかけられた。


「何を?」俺がシラを切ると「惚けんなよ。 あそこに座ってる子、見てただろ」とピンポイントで返された。


「別に、「あー。言いたいことは分かるよ。 今時珍しいもんなぁ、あんな奴。俺だって同じ車両に乗ってたら見つめるな、アレは」


めげずに悪あがきをしようとした俺の言葉は遮られた。そして、話の方向が少しずれているような気がした。


「どういうことだよ?」俺がそう尋ねると、まだ惚けてると思われたのか「お前往生際悪いなー」と言われた。


「今時さ、あんな奴いないだろ。見てみろよ、スカートの長さ。足首まであるぜ。白いハイソックスだしよ。ありえないって。どこの時代だよ」

「で、でも、この辺は田舎だし、別に辺じゃないんじゃねぇ?」

「ばっか。今時どこもミニスカートだろーが。ハイソックスは見逃すとしても、今時あんな時代遅れの奴はいないね」

「……」

「どーせ、お前もそう思ってたんだろう?」


どーだ。当たってるだろ、と得意げな顔をした級友に、むっとしたので反論しようとしたけれど、少しばかり相手が悪すぎた。先ほどのクラスメイトの男友達、という表現は些か大雑把すぎたようだ。正しくは、クラスメイトの男友達、ただしクラスに顔を出さない不良生徒、という表現の方が的確なようだった。校内でも校外でも暴力事件や喫煙、飲酒問題、さらに無免許運転など様々なことをやってのける問題児で、警察沙汰も少年院も一度や二度ではなかったはずだ。 そういうわけで、俺としては相手が悪すぎた。下手に反論するものではない。こういう相手はどこでスイッチが入るかわかったもんじゃないんだから。ついさっきまで普通に話していたのに、こっちのふとした一言で突然きれだしたり、喚きだしたりなんて、よくあることだ。


「で?そう思ったんだろう?」再び聞かれた。そろそろ答えなければまずい。俺はふむいたままに、「あぁ」とだけ答えた。


「だよなーやっぱお前も思ってたんだ」

「あぁ」

「あのスカートはなぁ、」

「長すぎだよな」


そこまで言ったところで電車が止まった。ふと足元に影が出来る。驚いて顔を上げると、目の前には彼女がいた。呆気にとられて数秒固まる。彼女は


「そんな風に思ってたなんて知りませんでした」


と言い残して開いたドアから出て行った。どうやら会話が聞こえていたらしい。そりゃそうだ、静かな車内に三人しかいなかったのだから、聞こえないほうがおかしい。もっと声量に気をつけていればよかった。



その日はそのまま学校にいって、普通に過ごした。明日、彼女に謝ろうと思った。



結局次の日から彼女に逢うことはなかったけれど、最後に「それでも楽しかったです」と聞こえたのは気のせいだったのだろうか。



壊れたオルゴール
(もう元には戻らない、)



(終わり!)(話伝わったでしょうか…)















inserted by FC2 system