「あんた、うざいんだよね」


それは誰にも言えない、秘密。



「……ごめん」

「何その誤り方?本当に悪いと思ってんの?」


放課後。人気のない三階女子トイレにて。
わたしは、なぜか水をかけられた。
ああ、これが俗にいうイジメなんだ、というのを頭のどこかでぼんやりと感じながら、わたしはどこか上の空で、それがまた彼女たちを苛立たせたのかもしれない。

「ちょっと、人の話きいてる?」

「…聞いてるけど」

「何その態度。自分の立場わかってる?」

「……」

「シカト?」

二人の女の子は立て続けにわたしに対して否定の言葉を浴びせてくる。浴びされすぎたせいか、もうわたしには「うざい」とか「死ねば?」という言葉がどんな意味を持つ言葉なのかわからなくなっていた。

どういう風に返事を返せばいいのか、わからない。

だから、何も喋らない。

「ねぇ、ねぇ」

「聞こえてるー?」

黙りこんだわたしに向かって、二人の女の子たちは笑いながら水をかけた。冷たい。
人間は、一人だと何もできないくせに一人じゃなくなると調子にのる。見栄をはる。今目の前にいるこの子達だって、きっと一人ならわたしをこんな目にあわせようなんて考えないし、なにより考え付かないだろう。一人じゃないから、笑いながら人を傷つけることが出来るんだ。

なんて卑怯な生き物。

「あーあー!なんかつまーんなーい!」

「アンタさ、うちらがこんなに話し掛けてるのにシカトするなんて酷くない?」

「……」

何も反応しなくなったわたしに飽きてきたのか、片方の女の子がつまらなそうに吐き捨てた。「水、飲んでよ」それを聞いた隣の女の子は「え、水ってここの?きっつー」と言って面白そうに手を叩いた。
どうやら「水」というのは便器の中に溜まっている水のことらしい。
彼女たちが知っているかどうか定かではないが、便器に溜まっている水というのは普通の水道水と変わらないらしい。だから、別にのんでも害があるわけではない、とどこかで聞いた気がした。けれど、さすがに便器自体が綺麗というわけでもないし、いくら水が綺麗といわれても便器の中の水を飲む気はわたしにはなかった。

「飲みなよーっ!」髪を掴まれて、無理矢理個室に連れて行かれる。足をひっかけられて地面に崩れた。そして、頭を無理矢理便器の中に押し込まれる。

汚い。息ができない。

周りで楽しそうな声が聞こえたが、何を言っているのかわたしにはわからなかった。

ただ、死ぬかと、死んでしまうかと、このとき初めて思った。

鼻に水がはいって、プールで溺れたようなツーンとした感覚を感じた。
前歯が便器にあたって痛かった。
髪の毛が口の中にはいってきて嫌だった。
水の匂いが臭かった。

息ができなかった。辛かった。




火事場の馬鹿力という奴だろうか。最後の最後で意識を失うまさに寸前、そのときたまたま振り上げた手が頭を押さえつけていた女の子の顎にあたったらしい。一瞬だけ押さえつける力が緩まったのをわたしは逃さず、素早く便器から顔を抜き出した。立ち上がって目の前にいる彼女たちにむかって口の中にのこった水を吐き出した。
既にトイレの水道でびしょ濡れになっていた全身で彼女たちに突っ込むと、彼女たちはまるで恐ろしいものでも見るようにわたしを避けた。

その隙に、全力ダッシュ。

向かった先は屋上。合鍵は昔から持っている。

自らの全身から滴り落ちる水滴で転んだ。しかも階段で。とっさに手をついたが顎を思い切り打ち付けた。血がたれた。けれど痛いとは思わなかった。感覚が麻痺してしまったのかもしれない。


屋上にでる。風が気持ちよかった。
久々に太陽の光をみる。
なぜだか凄く清々しい気持ちになった。
気付いたら涙が零れていた。
酷く疲れた。

わたしは屋上のフェンスに腰掛ける。
涙はとまらない。

そのまま暫くじっとしていると、階段を上がってくる荒い足音が聞こえてきた。
どうやら時間がないらしい。
大丈夫、遺書はかいた。
なんで死ぬのか、理由もちゃんと書いた。
もちろんあの子達の名前も書いたし、クラスの助けてくれなかった人たちの名前も、担任の名前も書いた。
これで、わたしが死んだことによって沢山のわたしの嫌いな人たちは世間から軽蔑の目でみられる。まともな人間として生きてなんかいかせない。苦しんで、一生苦しんで生きてもらいたい。わたしはこんなにも苦しんだんだから、それ以上の苦しみにあってもらわないと困る。

これは、わたしの命をかけた復讐なんだから。

目をつぶって、地面から意識を離す。
大丈夫、怖くない。
落ちている途中で意識を失うと聞いたから、痛い思いは絶対にしない。
大丈夫、もう嫌な思いをすることはないんだから。

わたしは最後に大きく息を吸って、フェンスから手を離す。
涙はまだ止まっていなかった。



十三階の屋上からダイビング
(結局わたしには、これがなんの涙なのか最後までわからなかった)



(終わり!)(初めは全然違う話にするつもりだったのになぁ)




















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