「猫がいるの。追い払わなくちゃ」

それはちょうどお昼時、大きなビニール袋を両手にぶら下げて家に帰って来たときのことでした。わたしに向かって、メアリはそういいました。「猫?どこにいるの?」尋ねてもメアリはわたしの目をじっとみつめるだけで、他にはなにもいいません。キッチンにビニール袋を置いてリビングに戻ってくると「ねぇ、猫がいるの。はいってきちゃったのよ」と泣きそうな声でメアリは言いました。わたしは不思議に思いながらも、とりあえずリビングを見回して猫を探しにかかりました。ソファーの下、クッションの影、ゴミ箱の中と裏…。でも、どこを探しても猫は一向に見つかりません。気配すらありませんでした。「メアリ、猫はいないわ」わたしをじっと見詰めるメアリに優しくいうと、メアリは困り果てたような表情を浮かべました。「わからないの?猫が、猫がいるの。追い払って、」瞳には涙が溜まっています。これはただ事じゃないと思いました。しかしわたしにはどうすればいいかわかりません。猫なんてどこにもいないのですから。「猫がいるの、猫が」瞳から涙をぽろぽろと零しながら、メアリはわたしにむかって手を伸ばします。わけがわからないけれど、それでもメアリの涙に心痛めたわたしは手にしていたクッションを元の場所へ置いてメアリのところへ向かいました。「こっちに来ないで、猫がいるの。来たら駄目」しかしそういいながらもメアリの腕はわたしの方へピンと伸ばされ、手はわたしを捕まえようと動いています。それはなかなかに不可思議な光景でした。泣いているメアリ。わたしを求める腕、拒絶する言葉。「メアリ、貴女いったいどうしたの?」メアリを落ち着かせようとゆっくりと言葉をかけながらその細い腕を掴みました。メアリの身体が一回だけびくんと震えて、いままで以上に涙が零れ落ちます。口ではあんなことを言っていたメアリですが、手はわたしのことをしっかりとつかんで引き寄せます。メアリの白くて綺麗な手の平の先についている、桜色をした五枚の薄い爪がわたしのむき出しの腕に刺さりました。「来たら駄目って、猫がいるって、…そういったのに」そして、途中からメアリの声が、ねばねばとした、しゃがれ声に変わりました。驚いてメアリに目をむけると、頬に水滴を滴らせながら、口元を不器用に歪ませています。「この家には猫がいるの」メアリから吐き出されるその薄気味の悪い笑い声をききながら、ああそういうことだったのかとわたしは一人納得して、それから目の前が真っ暗になりました。

「ねぇ、貴女 たべられちゃうわ」


(終わり!)2009/01/25



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