真夏の補習室で過ごす半日。

午後1時から登校した僕は、少なくとも午後4時まではこの空調設備の整った、むしろ整いすぎな補習室にいなければならない。クーラーの効き過ぎで涼しいを通り越して肌寒い補習室は、眠るには適していない。かと言って勉強するにも寒さで手が悴んだり集中力が低下したりしてしまうわけで、何をするにも適していない全くもって不可解な部屋になっていた。僕はそんな補習室の、窓際の前から3列目の席に座って、とりあえず見た目だけ装っておこうと数学の教科書を開いて、両腕に浮き立った鳥肌を、腕と腕を擦り合わせて沈めようと頑張っていた。補習室には僕を入れて5人の生徒がいて、それぞれが思い思いの離れたところに座っていた。腕同士の摩擦を終えた(というか鳥肌が消えそうもなかったので諦めた)僕は、少しだけ視線を左にずらして窓の外を眺める。僕の座っている窓際の席だと、ウィーンという無機質なクーラーの音と、カリカリカリという鉛筆の音と、カツンコツンという先生の歩く音と、それからミーンミンミンミーンという真夏の一週間を賢明に生き抜く蝉たちの鳴き声が聞こえる。僕は室内で鳴る3つの音を無視して、外から聞こえる微かな蝉の鳴き声だけに集中する。空は目を覆いたくなる程の青空だった。風に揺れる生き生きとした葉っぱたちも見える。ミーンミンミンミーン。そんな泣き声を聞きながら、僕は日陰でアイスとか最高だな、と思ったり、涼しい風が吹き抜けたりしたら最高だな、と思ったりして、窓を少しだけ開ける。素早く入り込んできた湿気を含んだ暖かい風に顔を撫でられる。冷えた身体には丁度良かった。でもだんだんと暑くなってきて、窓を閉めようかどうするか悩んでいると、3つ横の席にいる女の子に睨まれた。意気地なしの僕はそろそろと静かに窓を閉める。暖かい風が途切れて、再びこの部屋は別次元にきてしまったみたいだと思った。

「わからないところ、ある?」いつの間にか僕の席にきていた先生が優しく声をかける。お昼に酢の物でも食べたのか先生の息は酸っぱくて、僕は思わず顔をしかめた。それが先生には「難解な問題に頭を抱えている表情」と取れてしまったのか、先生は僕の机の脇にしゃがみ込んで「どれがわからないの?」と囁く。先生の息は酸っぱくて、出来れば嗅いでいたくない僕は一旦顔を背けて、それから覚悟を決めて先生の方に向き直る。鼻呼吸はやめて口呼吸に切り替えた。人間切り替えって大事だと思う。僕は先生をじっと見つめる。まだ30代半ばの、小奇麗な顔をした女の人。黒い髪の毛は下ろされていて、髪の隙間からちらちらとピアスが見え隠れする。机の上に添えられている先生の手を握って、「せんせい、」と呟く。「ん?」と先生は首を傾げる。ピアスが揺れて、蛍光灯の光を反射してキラキラと輝いた。「左手の薬指にある指輪、綺麗ですね」僕は泣きたいのを堪えていう。そうして先生が何か言う前に「せんせい、この問題がわかりません」と開いてあったページの適当に目についた問題を指差した。強い風が吹いたのか窓が音を立てて、蝉の鳴き声が聞こえなくなった。



突き抜けたの向こう
(僕の気持ちは僕が一番よく知っているのに、この気持ちに大体の予想がついているのに)(どうしたらいいかわからない、なんて)



(終わり!)(真夏ねた好きだね自分と思った)(だらーっとした雰囲気漂いまくりんぐ)2008/05/13





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